白杖童子縁起のあらすじ

 これは馬借と狩人と遊女の物語である。

 馬借は地獄に堕ち、狩人は大蛇になり、遊女は龍に食われて死ぬ。一つひとつが別の物語であるが、三つの話が鎖状に繋がって展開する。淀の馬借の話が、志度の狩人の話に繋がり、瀬戸内の遊女の話に繋がってゆく。どの話の主人公も、社会の最下層を渡り歩く職能民たちである。定住生活から疎外された不安と生きにくさ、しかしそこで培われた技が生きている。

 淀の馬借の白杖童子は、都と瀬戸内海を結んで、水陸の間で年貢を運ぶ運送業者である。仲間たちの死を見て発心し、小堂建立の大願を胸に持していたが、空しく時は過ぎた。突然の死が馬借を襲い彼は冥途に赴くが、そこでかつての大願を知った閻魔王から「娑婆に帰って志度寺を修復せよ」と命ぜられたのだ。志度寺は閻魔王の氏寺なのだという。

 命を受けて閻魔王庁から出てくると、若い女が地獄へと引き立てられてくるのに出会った。哀れに思った白杖童子は、女にも許しをもらおうと閻魔王の前に戻る。罪の深い女ではあるが、白杖の大願を助けるならばと閻魔王は許しを出す。白杖と娘が誓ったのが志度寺の修造であった。

 不思議や女は、その讃岐の第一庁官(庁官、つまり「在庁官人」のことで、土着の豪族が任ぜられる。第一庁官はそのトツプ)の娘だという。二人は、 三年の後にまた会おうと、歌を詠み交わし再会を約して別れる

 白杖童子は身を粉にして働き、婚礼のための品々を整えてやがて讃岐の女のもとを訪ねた。沢山あった結婚の申し出をすべて断ってきた娘が待っていた。娘は事の次第をはじめて父母に話した。白杖童子とむすめは結ばれ、娘の父母の援助をも得て、みごと志度寺の修造を果たした⑪⑫

当願暮当縁起のあらすじ

 志度寺修造の慶賀の法要の席に、一人の土地の猟師が聴聞者として参会していた。名は当願(とうがん)といい、彼には暮当(ぼとう)という狩人の仲間がいた。この二人が次の話の主人公になる。

 当願は法要の席にいたが、いまごろは山に出た暮当は獲物が取れたかと気がかりである。ために聴聞の心が疎かとなり、邪念のゆえに身体が蛇になってしまった。山に狩りに出ていた仲間の暮当も、暮になり「当願はどうしているだろう」と寺の方を眺めた。寺に来てみると、首から下が蛇になった当願がいた。様子を見に来た妻や子も逃げ去ってしまった。

 暮当が尋ねると、当願は、「水の深いところへ連れて行ってくれ」と言う。暮当は蛇になった当願を背負って、満濃の池に連れて行った。暮当は毎日のように池まで来て、何くれとなく当願の面倒を見た。ある日、当願は、左

眼をくり抜いて、「これを壺に入れると酒ができる」と言った。暮当が当願の言うとおりにしてみると、壺のなかから尽きることなく酒が湧いた。その酒を売ると、たちまち評判になってよく売れ、暮当は大金持ちになった。

 暮当が所用で出かけたとき、暮当の妻は酒の秘密を知りたくなった。近所のものも集まり、壺を傾けると、当願の眼からできたという宝珠が出てきた。聞きつけた代官(目代 もくだい)がそれを取り上げ、国司の手を経てさらに朝廷に差し出された。天皇が賢者を集めて僉議したところ、「宝珠はもう一つあるはずだ」ということになった。朝延の役人に迫られて暮当は、しかたなく満濃の池の当願に話をした。「そんなことならこれも持っていけ」と、当願は残りの眼をくり抜いて渡した。

 暮当は泣く泣く都に上って宝珠を奉った

 天皇からご褒美が出ると聞いたが、それをもかたく断った。

 そしてそのまま行方知れずになったということである


遊女員主の玉取り

 朝廷の二つの宝珠をめぐって、宇佐八幡神が巫女に「宝珠は八幡宮に本納せよ」と託宣を下された

 とりあえずは一度差し出してから、両者で交代に保持しようということになった。宝珠を奉納すべく、朝廷からは滝口の伊四郎というものが派遣された㉖㉗。伊四郎が瀬戸内海を旅して味噌島に来たとき、妙なる楽の音が響いてきた。貫主(かんしゅ)(第一人者)という名の土地の遊女が琴の調べとともに舟で近づいてきた。伊四郎は貫主と楽しく遊んだが、ある時、貫主が宝珠を見せて欲しいと言った。遂に拒みきれず箱の蓋を開けて手に持って見ていると、海中より黒い手が出てきて宝珠を奪った

 私が取り返してきましょうと言い残して、貫主は海に飛び込んだ。戻ってきて、貫主は、宝珠は龍王に奪われたが、いまは見守りが厳しいと語った。次の日、腰に綱をつけ、取り戻したら合図をするからと再び潜った貫主は、宝

珠を取り戻したが、鰐に食われて瀕死の状態で帰ってきた㉚㉛。いまわの際に、貫主は、滝口の伊四郎と歌を交わして死んでいった。

 伊四郎は、海を避け陸の旅を続けて、宝珠を宇佐八幡宮に奉納した

 この時、周防には勅宣による龍王を鎮める生龍寺が建立された。貫主の母により、般若寺、金剛寺が建立された

描かれた人と場所と出来事

淀の馬借、白杖童子が家で急死する。

冥途に向かう白杖が歩いている。

閻魔王から志度寺修造を命じられ、蘇生を許されて、閻魔王庁から戻る白杖は、帰り道、地獄の鬼に追い立てられてくる美しい娘に出会う。

閻魔王の前に戻った白杖と娘は、二人で志度寺修造の大願を成就することを約束する。

三年後の再会を約し、歌を詠み交わす。

別れて帰宅する白杖。

娘は生家へ還る。

白杖が婚礼の品々を担う供の者を率いて娘の家を訪れる。

白杖と娘が再会する。

娘が初めて事の次第を父母に話す。

法会に向かう白杖夫妻の一行。

志度寺の再建を祝して営まれる盛大な法会の有様。


暮当が山中で狩りをする。

当願を気遣う暮当が志度寺を遠望する。

当願を迎えに行った暮当は、首から下がそっくり蛇体になった当願を発見する。妻子は当願の姿を見て逃げ出す。

頼みどおり、当願を背に、暮当は満濃池へ向かう。

満濃池で龍の姿の当願は左の眼をくり抜いて暮当に渡す。

暮当の家。ある日、暮当の留守中に、不思議がった妻や近所の者たちが、酒壺の中の宝珠を発見する。

暮当は土地の役人の目代(代官)に宝珠を差し出す。

宝珠は都の天皇に献上される。

朝廷で賢者を集めて僉議すると、対となるもう一つの宝珠献上の命が下る。

やむなく当願に聞いてみる暮当。当願はあっさりともう一つの眼をくり抜いて渡す。

もう一つの宝珠を朝廷に献上する暮当。

出家した暮当は満濃池の辺に立っている。


遊女員主の玉取り

巫女が宝珠の奉納を望む宇佐八幡神の託宣を告げる。

宇佐八幡べの宝珠奉献の使者(勅使)として滝口の伊四郎が決まる。

伊四郎は宝珠を受け取り朝廷を退出する。

味噌島で伊四郎は遊女の貫主(差し掛け傘の主人)と楽しく遊んだ。

周防の竈戸関で海中から伸びた黒い手に宝珠が奪われる。

次の日、宝珠奪還のため貫主は海中に潜入し、宝珠を取り戻すが、腰から下を鰐に食われる。

伊四郎は瀕死の貫主を救出する。

いまわの際に桜花の下で別れの歌を交わす貫主と伊四郎。

伊四郎は旅を陸路に変え、宝珠を宇佐八幡に奉納する。

この時、周防に生龍寺、般若寺、金剛寺が建立された。